人生まるっと幸せ
【肉なし料理&ゆるっとグルテンフリー】

野菜のごはんと日々のこと
つぶやき

病気になって何もできないという弱者になっていた私

あさと申します。51歳です。

長崎に住んでいます。

3年近くリウマチで
寝たきり生活を経験、
今は日常生活ができるくらい
元気になりました!

家族構成は
私と主人(ぴよちゃん)の
二人です。

毎日82歳の義母(ぴよママ)に
晩御飯を届けて一緒に食べます。

このブログは主にその料理や
老後を見据えた片づけ、
日々のことを綴っています。

**************

リウマチで3年近くの

寝たきり生活を体験しました。

 

体を支えてもらって

車いすに移動することさえも

痛みで耐えられない程だったので

ほとんどの時間を

ベットの上で過ごしていました。

 

この頃は私自身もですが家族も

相当追い詰められていたと

思います。

 

ぴよちゃん(主人)は

仕事が忙しく

帰宅は毎日夜の11時30分頃で

月に2、3度徹夜もありました。

 

でも週に一度は

私のお風呂の介助の為に

仕事を早く切り上げて

帰ってきてくれました。

 

お風呂以外で全面的に

私の生活の

サポートしてくれたのは

すぐ近くに住んでいる

ぴよママ(義母)でした。

 

ぴよママはこの頃

100歳近くの

祖母(ぴよママの義母)と

2人で生活しており、

祖母と私とぴよちゃんの

身の回りの事すべてが

70歳後半のぴよママの肩に

のしかかってしまいました。

 

もちろん介護保険の

サポートも受けていましたが、

それでもみんなの食事や洗濯、

認知症の祖母のお世話など

大変だったと思います。

 

 

ぴよママが買ってきてくれたガーベラ。

 

 

 

さらにこの頃ぴよちゃんが

うつっぽくなりました。

 

でも仕事が忙しく

病院に行く暇もありません。

 

代わりにぴよママが

病院の精神科に行き、

ぴよちゃんの症状を伝え

アドバイスを貰っていました。

 

後で知ったことですが

この時ぴよママは

精神科の先生の前で

泣いたそうです。

 

いろんな辛い思いを

抱えていたんだと思います。

 

私もベットの上で

徐々に家族が疲弊していく様子を

感じながら、

どうすることもできず

とても苦しい日々でした。

 

闘病中を含めいつも

本当にやさしいぴよちゃんが

「早く治ってくれよ。

家族がめちゃくちゃになる。」

と私に怒りをぶつけたのも

この頃です。

 

ぴよママも

ご飯を持って来てくれる時に

表情が暗く

イライラしているように

見える時もありました。

 

家族の大変さを目の当たりにして

私もさらに

自分を追い込んで苦しくなり、

友人に相談しました。

 

 

ぴよママが買ってきてくれたガーベラ。2輪で50円だったそう。

 

 

 

そうしたら友人が

「看てくれている人が

イライラした時、

それを表現させてあげる事も

大切だよ。

看護する人、される人がお互いに

支え合えばいいんだよ。」

と言ってくれました。

 

私はこの言葉に

ハッと気づかされました。

 

私は寝たきりで

家族に何もしてあげることが

できず苦しいと思っていましたが

病人で寝たきりだから

何もできない

決めてしまっていたのは

私自身でした。

 

家族の苦しさを

ただ受け身で感じていた時は

私さえいなければと

自分を責めてばかりでしたが、

私も家族を支えようという

気持ちで受け取ると

私の中から力が出てきました。

 

そして

このままの私でもできることは

たくさんあることに

気づいたのです。

 

病気に気持ちで負けないこと、

前向きに今できることを

コツコツすること、

笑顔でいる事、

みんなに

感謝の気持ちを伝えること、

そんな私の気持ちがきっと周りを

明るくさせるはずだと

思いました。

 

「私は病気は持っているけれど

何もできない弱者ではない!

今、自分にできる事を

コツコツしよう。」

 

そう決めて

時々心が折れながらも

できることをやっていく内に、

少しずつ少しずつ

薄紙をはぐように

病気を含め色んなことが

良くなっていきました。

 

どんな事が起こっても、

受け身のままで翻弄されるより

自分にできる事は何かあるかなと

考え行動に移すことで

気持ちに軸ができ

強くあれるということに

気づきました。

 

今もこのことは

私の人生の指針になっています。

 

あさ(プロフィールはコチラ)

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